「ホテルローヤル」
桜木 紫乃
集英社
2013年1月10日第1刷発行
2013年8月14日第6刷発行
1400円(税別)
第149回直木賞受賞作。「ホテルローヤル」は、湿原を望む高台にあるラブホテルです。このラブホテルを舞台にした7つのお話の短編連作ですが、「ホテルローヤル」という共通項以外は、時間経過も登場人物も、ランダムに描かれています。もちろん、ラブホテルが舞台なので、人間の欲求も描かれていますが、官能小説ではありません。
『八月の湿原は、緑色の絨毯に蛇が這っているようだ。
川が黒々とした身をうねらせていた。隙間なく生い茂った葦の穂先は太陽の光を受けて光っている。湿原から蒸発する水分で、遠く阿寒の山々が霞んでいた。視界百八十度、すべて湿原だった。この景色のいたるところに、うっかり足を滑らせたら最後、命までのみ込まれる穴がある。』
人間には、欲求があります。様々な欲求のうち、生理的な欲求に「性欲」があります。「性欲」は、生物が子孫を残すための生存維持的な欲求であり、身体の内部から発せられます。人間の営みの一つなので、小説の世界でテーマとなることは当然です。犬猫は、この性欲を内的にコントロールすることはできませんが、人間は、これをコントロールすることができます。
『The sexual desire is under control (どっかで、聞いたフレーズですが・・・・)』
ときには、コントロールできない人間がいますが、その場合には、刑法犯になってしまいます。要するに、人間は、社会規範として、「性欲」をコントロールすることが求められています。という話はどうでもいいのですが、僕は、「小説読み」ですが、官能小説は読みません。別に、僕に、「性欲」がないということではないのですが、そういうことなのです。したがって、ストレートな性的な描写も、好きではありません。カッコよく言えば、「sex」には、「love」が不可欠でしょう。
『「ねえ、お父さん」
真一が面倒くさそうに「なんだ」と返す。
「今日さ、信号の向こうのセイコーマートでパート募集しているの、見つけたんだ」
「だから何だって」
「働いてみようかなって思って」
恵は思いつくかぎり、前向きな言葉を並べた。月に5万円くらいにはなりそうだということ、夜中であればもう少し時給が高いこと、平均して5万円の収入があれば、ちょっとは食費に回せること。
「働きにでたって、毎日弁当買って食ったら同じじゃないのか」
「そうかもしれないね」
でもさ、と恵は続けた。
「五千円でも自由になったら、わたしまたお父さんをホテルに誘う」
あの泡のような二時間が、ここ数年でいちばんの思い出になっていた。
「いい?」
真一はもう寝息をたてていた。恵はそっと、夫の冷たい手を握った。』
「文藝春秋(10月号)」に桜木紫乃さんのコラムが掲載されていました。タイトルは、「ストリッパーと小説書き」です。桜木さんは、余程、性欲という人間の欲望の中に人間の心の本質を問い詰めようとしているのでしょうか?