「戦力外通告」

tetu-eng2010-10-24

戦力外通告
藤田 宜永
講談社文庫
2010年5月14日発行
950円

『失職して九カ月。再就職の目処はいまだ立っていない。後5年もすれば、同じ歳の多くのサラリーマンが定年を迎える。そうなればリストラされた私も、他の連中と同じになる。早期退職と思って気楽にやれよ、と言ってくれた人もいたが、喉に小骨が刺さっているような気分が拭いきれず、すっきりとは割り切れない。
 とは言うものの、最近、就職活動にも疲れてきた。』

プロ野球ストーブリーグのシーズンになると、スポーツ新聞には、必ず、「戦力外通告」の文字が踊り始めます。でも、この言葉は、プロスポーツの世界だけかと思っていいたら、サラリーマンの世界にも、この言葉は、地下水脈を流れるように、適齢期になると、ジワリジワリとにじみ出てきます。会社によって、にじみ出る年齢は異なるかもしれませんが、我社では、56歳の誕生日の年度になると、毎年、11月頃に封書のレターが、やってきます。もうそろそろ、私のところにも、そのレターは、また、やってきます。「早期退職制度のご案内」です。事務的に、レターが送られてくるので、こちらも、そのままにしていますが、そろそろ、「心の準備をしておけ」というメッセージなのでしょう。
戦力外通告」を受けたのは、アパレルメーカーの企画室長だった宇津木秀明。先代の社長の信頼は厚かったが、二代目の社長とは、波長が合わずに企画室長から転属させられ、そのうち、リストラに追いやられます。宇津木は、このまま、会社に居残っても自分の道は閉ざされているため、リストラを受け入れました。幸い、すぐに生活に困ることはなく、失業保険を貰いながら、次の就職先を見つければよいと思っていたのです。そんな時、久しぶりに中学の同窓会があります。久しぶりに逢った同窓生と、急接近。皆、それぞれ、事情を抱えている。暇を持て余している宇津木は、中学の同窓生の悩みの聞き役として、旧交を深めて行くうちに、様々な事情に深入りしていくのです。そのうち、中学時代に付き合っていた塚本晶子との間に、大人の恋が芽生えてくる。リストラされた後、妻の恵利子が、薬局に勤めるようになって、一抹の寂しさがあったのかもしれません。

『円満退職よりも、リストラの方がきついが、闘志が湧く。私はそう思いたかった。
 天野修一が音頭を取った新年会はあっという間にやってきた。
 集まったのは全部で十一名。先月の田舎で開かれたクラス会に出席できなかった人間はそのうち九名。
 先月のクラス会で会っていようが、四十年振りの再開だろうが、子供の頃の生活や性格を知っている間柄だから、盛り上がるのに時間はかからなかった。
 「何かさ、数は合っていないけど、合コンみたいだな」天野が言った。
 「熟年のお見合いパーテイーだよ。小母さんたちが、金を持ってて早く死にそうな男を探しにきているパーテイー」飯沼勇が言った。
 「失礼ね」堀孝子が目の端で飯沼勇を睨んだ。「私たちはエージレス。それにね、年上の女が好きだって若い男がどんどん増えているのよ」』

私は、小学校、中学校、いずれも、入学した学校と卒業した学校が違うので、同窓会というものに出席したこともなく、また、幼馴染と言う友達がいません。しかも、高校は、珍しくも県立にもかかわらず男子高なので、同窓会に女性は、いないのです。そのため、この小説に描かれている郷里の友達との様々な交流は、ちょっと、未体験なゾーンです。小説の大きな流れの一つが、藤田宜永さんのお家芸の熟年恋愛です。文庫本で670頁の大作ですが、少し、小説の内容から、間延びがしてしまったようです。小説なので、現実とは異なることは、重々、承知していますが、こんな恋愛が転がっていると思うと、何となく、ワクワクしますが、いやいや、これは、小説の世界での出来事なのです。熟年の読者は、勘違いしないように気をつけて下さい。