「KAGEROU」
齊藤 智裕
ポプラ社
2010年12月15日第1刷
2010年12月24日第7刷
1400円
卯年の最初の「読書雑感」は、水島ヒロこと齊藤智裕の「KAGEROU」です。この本は、何と、半月で、第7刷、100万部を突破した話題の小説です。私も、何度か、本屋さんを覗きましたが、その度に、売り切れ状態。漸く、年末26日にゲットしました。珍しく、細君が、先に、読了。私は、正月1日の下関までの行き帰りの新幹線の中で、おおむね3時間ぐらいで読了。率直な感想は、「うん、小説と言うよりは、大人の童話といった感じでしょうか。」ミステリーと言うほどの迫力はないし、少し、物足らなさを感じますが、かるい読み物としては、そこそこだと思います。高く評価すれば、「注文の多い料理店」(宮沢賢治)ぽっい。やはり、童話のジャンルじゃないでしょうか?
『何十万という人間がひしめきあって暮らすこの街で、誰もいない暗くて静かな「寂しい場所」を見つけるのは至難のワザだ。しかしヤスオが見つけたこの場所は、奇跡的にその条件をほぼ完璧に満たしていた。
そこは三年ほど前に倒産して廃墟と化した古いデパートの屋上遊園地だった。
ところどころ剥がれてコンクリートの地肌がむき出しになった人工芝の上で、引き取り手もないまま野ざらし状態で放置された遊具や、動物などをかたどった電動式の乗り物が夜露に濡れて薄ぼんやりと光っている。
その様子はまるで、かつてこの場所で遊んでいた子供たちの墓標のようだった。
周囲に張り巡らされた転落防止のフェンスの向こうの闇空に、ヤスリで削ったような細い三日月が張りついている。風はほとんど吹いていない。
死ぬにはまさにおあつらえ向きのシチュエーションだ。』
主人公は、自殺志願者の「大東泰雄(オオヒガシ ヤスオ)」と「医療法人 全日本ドナー・レシピエント協会スペシャルコデイネーター 京谷貴志(キョウヤ タカシ)」。「臓器提供者」がドナーで、「臓器提供を受ける側」がレシピエント。その両方の橋渡し的役割を担うのが、略して「全ド協」の任務です。小説のストーリーは至って簡単。飛び降り自殺を試みるヤスオをキョウヤが引き止め、キョウヤは、ヤスオへ有償での臓器の提供を依頼します。もちろん、臓器の提供をすることは、ヤスオの死を意味しますが、どうせ自殺するならば、すべとの臓器を有償で提供することにより、ヤスオの両親へは金銭が振り込まれ、臓器移植の待機者へは、臓器が提供される。一挙両得?となるのです。
もちろん、小説は、臓器の提供を決意してから、いざ、臓器を提供するまでに、いろいろなイベントがあるし、アクシデントもあります。が、この小説で、いまひとつ足りないのが、ヤスオの心理描写でしょうか?それと、もう一つ、登場人物の少なさも気にかかります。まあ、この2つがシンプルなのが読みやすさにつながってはいます。結末は、脳の移植だけは不可能なのに。これが、キーワードです。
この本のカバーのデザインは、「ブルー・クロス」ですが、これは、青十字サマリア会というアルコール・薬物・ギャンブル依存症者の社会復帰施設を運営する社会福祉法人のシンボルマークです。この法人の本部がスイスにあるそうなので、水島ヒロさんがスイスに在住していたときに見かけたのでしょうか?同じデザインは、彼のHPやTwitterにも使われています。そう言えば、水島ヒロさんは、この本の発売前には、随分、Twitterでつぶやいていましたが、発売後は、サッパリです。営業用のつぶやきだったのでしょうか?それとも、忙しくて、それどころではなくなりましたか?まあ、話題の本として、読んでみるのも一興でしょう。そのうち、ドラマ・映画にもなると思います。