「花散らしの雨 みをつくし料理帖」

tetu-eng2012-08-17

「花散らしの雨 みをつくし料理帖
高田 郁(かおる)
ハルキ文庫
2009年10月18日第一刷発行
2012年3月18日第二十六刷発行
571円(税別)

 ハルキ文庫は、角川文庫の角川書店とは、まったく、資本関係を持たずに、角川春樹により創設された株式会社角川春樹事務所の発行する文庫本です。1995年の設立ですから、つい、最近のことですが、昨今、本離れが言われていますが、旧来の出版社の経営とは違ったスタイルの新たらしい出版社が、最近、目立ちます。メデイアワークス文庫などもその一つです。そういった出版社の、新しい作家の新しい作風の本が、人気になっています。特に、文庫本のみなので、安価に本が楽しめるからでしょうか?何せ、単行本は高いですからね!
 そして、まさしく、この小説は、新しいスタイルの時代小説です。角川春樹事務所からは、時代小説文庫として、この「みをつくし料理帖シリーズ」のほか、和田はつ子の「料理人季蔵捕物帖シリーズ」、今井絵美子の「立場茶屋おりきシリーズ」が出版されており、いずれも、人気のシリーズのようです。特に、初版発行から二十六刷となる「みをつくし料理帖シリーズ」は、主演が北川景子で、9月からテレビ放映が決まっています。それ程の人気だったのですが、実は、私は、今回、この文庫本を読んで、その存在を初めて知りました。

『「なあ、お澪坊。これから一体、何がはじまるってんだよ」
三つ葉尽くしです」
澪は手を休めずに答えて、三つ葉を洗い、笊(ざる)に上げて水を切る。
 三つ葉尽くし?と老人と少女が首を傾けた。ええ、と澪は頷いてみせる。
「春を満喫できる献立として、一汁二菜・・・いえ、一汁三菜の、三つ葉尽くしのお膳を出そうかと思うんです」
 ああ、なるほど、と種市が声を上げて、ぽんと両手を打った。
「普段は薬味としてしか使わねえ三つ葉を、腹一杯食べてもらおう、てえ算段だな」
 当たりです、と澪は純白の歯を見せた。
三つ葉のお浸し、白和え、三つ葉ご飯というのはどうでしょうか。あと・・・・」
 視線を空に泳がせて、澪は一心に考える。香り高い三つ葉と淡白な魚を合わせたらどうだろうか。今が旬の魚と言えば・・・。
「そうだ、白魚!白魚と三つ葉かき揚げにするのはどうでしょうか」
 澪が言い終わるや否や、種市が喉をごくりと鳴らした。
「そいつあ堪らねえぜ、お澪坊」』

 澪は、元飯田町の九段坂にある「つる家」の女料理人。人を幸せにする料理をプリンシプルとして、料理人として、常に、ポジテイブに生きています。現代でも身近に起きる病気や事故などの様々な市井の生活の中での出来事をテーマとして、澪の料理への情熱とあくなき探究心を絡めながら、ひと言でいえば、「やさしい」時代小説に仕上げています。
時代小説と言えば、山田風太郎五味康祐、柴田練三郎などから、藤沢周平池波正太郎南條範夫などが、私の中の時代小説でしたが、最近の時代小説は、股旅もの、忍者もの、剣豪もの、捕り物などの時代小説の定番から、随分と、変わって、江戸情緒を漂わしながら、市井の生活の中でのちょっとした出来事をテーマとしています。このシリーズは、料理ものという新しいジャンルなのでしょうか。「やさしい」小説が、現代の世相にあっているのかも。