「夜のピクニック」

夜のピクニック

夜のピクニック
 恩田 陸
 新潮文庫
 平成18年9月5日発行
 629円

サスペンスのようなタイトルですが、とても清々しい青春小説です。高校三年生の西脇融(とおる)の通う北高校では、毎年、80キロの道程を歩く「北高鍛錬歩行祭」という行事があります。融にとっては、高校生活最後の歩行祭です。

『朝の8時から翌朝8時まで歩くというこの行事は、夜中に数時間の仮眠を挟んで前半が団体歩行、後半が自由歩行と決められていた。前半は文字通り、クラス毎に二列縦隊で歩くのだが、自由歩行は、全校生徒が一斉にスタートし、母校のゴールを目指す。そして、ゴール到着が全校生徒中何番目かという順位がつく。もっとも、順位に命を懸けているのは上位を狙う運動部の生徒だけで、大部分の生徒は歩き通すのが最大の目標であった。』

融の同級生の甲田貴子は、この歩行祭にのぞむに当たり、ある決意をしていました。

『ついに来たか、この日が。
 貴子は坂を降りながら考えた。
 高校最後の行事。
 彼女は眩しそうに空を見上げる。
 そして、あたしの小さな秘密の賭けを実行する日が。
 坂のガードレールの下を、ゴトゴトと貨物列車が走っていく。
 もう走り出してしまったんだから、後には引き返せない。
 貴子は、遠ざかる貨物列車を横目で見送った。』

高校生活での歩行祭、マラソン大会、体育祭などは、高校生活の思い出となる行事です。私の高校でも、伝統行事として、マラソン大会がありましたが、在学中は、残念ですがある理由で中止されていました。それに代わって、体育祭があり、クラス対抗で、バレー、バスケット、水泳、陸上、卓球などなどの様々な競技で得点を競ったことを記憶しています。残念ながら、我が高校は、男子校だったので、女子が学内に入ってくるのは、この体育祭と文化祭の時だけだったと思います。
この小説は、高校生活の思い出となる学校の行事が、舞台となっています。ここまでで、「おそらく、歩行祭で貴子が融に、気持を打ち明ける。」そんなことだろうと、推測しているかもしれませんが、ハッキリ言って、そう言った展開ではありません。
朝8時から翌朝8時までの12時間の歩行祭で、融と貴子の周りで、様々なドラマが生まれます。もちろん、融と貴子が、主役なので、この2人の間でも、様々なドラマが生まれます。12時間という限られた時間のドラマですが、決して、読者を飽きさせることはありません。
また、登場人物の様々な想いを読んでいるうちに、自分が、彼らと一緒に歩行し、自分が高校時代に戻ったような錯覚を感じてしまいます。そして、読み終わって、もう一度、読んでみようと思うほど、懐かしさも感じる小説です。
2003年から始まった「本屋大賞」(全国の書店員の投票ランキング形式の賞)の第2回受賞作です。