俳句にかぶれる

亀山神社

死の間際に正岡子規が書いた絶筆三句
糸瓜(へちま)咲て 痰のつまりし 仏かな」
「痰一斗 糸瓜の水も 間に合わず」
「をとといの へちまの水も 取らざらき」
当時は、糸瓜水が咳止めに聞くといわれており、根岸の子規庵にも植えられていたそうです。

(俳句とは?)
昨年12月の日曜日は、NHKの特別番組「坂の上の雲」を楽しみにしていました。放映された4回の主役は、正岡子規です。そこで、何事にも、かぶれやすい私は、早速、俳句にかぶれます。(もちろん、すぐに飽きるのも早い。)小学校では、必ず、俳句を習い、何首か、宿題で俳句を作った記憶のある方、そのような経験は、日本の小学校に通った人は、皆、あるでしょう。でも、その後、俳句を詠んだことがありますか?
俳句の簡単解説。俳句は、5・7・5の17文字で、表現しますが、ルールがあります。「季語」が入る。「切れ」がある。「余韻」を残す。このルールを破る川柳は、「季語」がない。 「切れ」がない。自分の思いをストレートに言い切り、「余韻」を残さない。ということだそうですが、これが、どういうことなのかが、俳句の素人の私には、理解できません。それはそうです。俳句を習うのにも教室があるのですから、やはり、それなりに難しいことなのでしょう。
「季語」は、まあ、大体わかりそうです。つぎに、「切れ」ですが、発句で、まず、完結させて、次の脇句や平句のつなぎとする。起承転結を言えば、発句が「起」で、次の脇句が「承」で、平句が「転」と、おおむね理解していいのではないでしょうか?そして、余韻を残すために、「結」がない。

例えば、
柿食えば (ここで、全体の詩体からすれば、切れている。)(柿が晩秋の季語)
鐘がなるなり
法隆寺 (柿がおいしかったのか?何となく余韻が残る。)
って、ことでしょうか?これは、私の勝手な解釈ですが・・・。

本屋さんに行くと、俳句の教科書がたくさんあります。俳句歳時記という本は、季語の解説が事細かく書いてあり、季語の辞典のようなものです。しかし、私は、俳句の教科書や歳時記を片手に、俳句を考えるのは「いかがなものか?」と思います。詩を書くときに、そんな書き方をしますか?自分が、見たもの、聞いたものなど、人が、五感で感じたことを言葉で表現するのが、子規が目指した写実主義ではないでしょうか?

元日に、田舎の母と初詣に出かけて書いた三句
「初詣 母の手引いて 神頼み」
「初詣 足をとられる 老いた母」
「初詣 母とふたりで 手をあわす」
(余韻を残すっていうのが、難しいかな??)