「借金取りの王子 −君たちに明日はない2−」

借金取りの王子

借金取りの王子 −君たちに明日はない2−」
 垣根 涼介
 新潮文庫
 平成11年1月1日発行
 590円

垣根涼介さんの「君たちに明日はない」の第二弾です。シリーズの第一弾に続く人気シリーズだそうです。残念ながら、第一弾は読んでいません。タイトルを見て、フェイ・ダナウエイを一躍有名にしたアメリカ映画の「俺たちに明日はない」を思い出して、(銀行強盗のサスペンスかな)と、思いましたが、ストーリーは、まったく、別物でした。今、ちょうど、テレビドラマ化して、NHK土曜ドラマ(主演坂口憲二)で、放映されています。
主人公は、村上真介。真介は、リストラ請負会社「日本ヒューマンリアクト(株)」に所属するリストラ請負人です。真介には、八歳年上の芹沢陽子(42歳)という恋人がいます。ある日、陽子が勤めていた建材会社に、いかがわしい社名の首切り集団が乗り込んできて、その時の面接官の一人が、真介だったのです。

『面接室でこの男の顔を初めてみたときの印象は、今でも鮮明に覚えている。糠味噌くさいジャニーズ系。美男子、といえば言えないこともないが、ぱっと見た全体の雰囲気がふにゃふにゃとしていて、とにかく軽薄この上ない。』

真介は、企業からリストラを請け負って、企業の人事部から指名された社員の面接をしながら、その社員の退職を促すのが仕事です。社員の履歴、業績、評価などを示しながら、社員本人の退職の意思を引き出す。もちろん、企業は、リストラを行うに当たって様々な条件を提示する。その条件提示も、真介の仕事なのです。情を挟むのは禁物。でも、やはり、血も涙もないリストラ劇ではなく、そこには、そこはかとない人情が流れます。

『「お渡ししたファイルには、もし自主退職を受け入れられた場合の退職条件が詳しく明記されています。繰り返しますが、かなりの好条件です」
「よろしいですか。では最初のページ。特別退職金の支払い規定についてです。今回の場合の退職金は、社内規定分にプラス、勤続年数×基本給の1カ月分です。通常退職金の約2倍ということになりますね。松本さんの場合ですと、約千六百万円です。それに、再就職活動の援助金がプラスの百万円です。合計で千七百万円。さらに今まで溜まっていた有給休暇の買い取り・・・』

小説は、デパートの外商部に勤務する二億円を売り上げるセールスレデイ、生保会社のシステム・プログラム部に勤務する係長、借金取り王子とあだ名されている消費者金融に勤務する店長、老舗旅館に勤める客室係の女性、そして、最後は、真介がリストラではなく「人材派遣部 統括チーフ」として、リストラされた人に再就職を斡旋するという5話の構成となっています。
世相でしょうか。テレビでも、長谷川京子(ハセキョン)主演のエンゼルバンク<転職代理人>なんてドラマが放映されています。そもそも、リストラを請負いに出す会社なんて、「こっちから願い下げです」が、世の中、不況、不況と鳥の鳴き声のような大合唱。リストラ請負会社なる商売が、ほんとうに存在するのかもしれません。リストラを題材にした小説ですが、暗いイメージはなく、むしろ、リストラと云うイベントを人生の転機として、明るく、前向きに捉えようとしています。それが、垣根涼介さんの「ねらい」でしょうか?