背広の値段

八浄寺

古今東西、多くの親という人種は、子どもには甘いものです。
このことは、子どもが男の子であろうと女の子であろうと、多分、同じでしょう。我が家は、一人息子なので、女の子のことは解りません。しかし、我が家も、多くの親と同じで、いや、それよりも、一人っ子と言うことで、一層、子どもには甘〜〜い。
その一人息子が、大学3年生の冬を迎え、いよいよ、人並みに、就活(「就職活動」の略称)が始まりました。一人息子が言うには、「就活には、スーツ、スーツ用の靴、白のワイシャツ、ネクタイ、ベルト、鞄、時計、コートなどなどが必要である。」(なるほど。)いつもは、腰パンのGパン、Tシャツ、ダウンジャケットという出で立ちで街を闊歩しており、よく見かける若者ファッションそのものです。スケートボードを抱えて歩いていたので、スケボー・ファッション風かも。まあ、確かに、そんな格好では、会社訪問には、行けないでしょう。
思えば、私は、昭和の昔ですが、背広など新調せずに、あり合わせのチェックのスーツ(その当時は、チェック柄のスーツが流行っていた。)で、会社を訪問した記憶があります。当時は、リクルートスーツなんて言葉もなかったと思います。それでも、チェックのスーツというのは、今思えば、礼を失する装いだったかもしれません。でも、不思議なことに、その時は、そんなことには、まったく頓着しなかったのは若さのせいでしょうか。
あいにく、私が、面接を受けた会社は、すべて、「ご縁がございません。」ということで、試験採用の今の会社に滑り込むことができたのは、石油ショックの後遺症の就職状況のなかでは、幸運だったと思っています。しかしながら、巡り合わせというものは、恐ろしいものです。親は、石油ショックの後遺症で大学の就職指導課には、求人票がまばらだった時代に遭遇し、息子は、リーマンショック以後の不況で就職氷河期に遭遇しています。
そうは言っても、泣き言は言っておれませんので、一人息子には、頑張ってもらわなければなりません。そこで、はじめの話題に戻りますが、一人息子の要求は、細君とも協議の結果、すべて満額回答することとなり、3人で、神戸大丸へ就活セットの買い出しに出掛けることとしました。ちょうど、神戸大丸の特設会場では、紳士物のバーゲンセールの催しがあったので、(これ幸い。ラッキー。)と内心、ホッとしました。でも、でも、そうは問屋が卸しません。
一人息子は、バーゲン品など眼中になく、オートクチュールとは言いませんが、プレタポルテ志向(男性服は、こういう表現をするのかな?)。そもそも、特設会場の紳士物は、おじさん向け商品ばかりで、若い人向けのスリムな商品がありません。やむなく、特設会場を離れ、紳士服売り場へ移動。一人息子の目が輝き始め、あれやこれやと品定めが始まります。このとき、すでに、親は観念しました。
あれやこれやと、品定めの結果、「はい、一丁上がり。」と、立派な就活学生ができあがりました。茶色の髪の毛も、黒くなり、髪も短くカットして、どうにか、こうにか、格好はつきました。あとは、ご本人の努力あるのみ。親のサポートもここまでです。っと、冷静に考えてみると、親の背広は、バーゲン品で、子どもの背広との価格差に、ややショックを受けている「子どもに甘〜〜い親父」でした。