「お家さん」(上・下)

tetu-eng2011-10-02

「お家さん」(上・下)
玉岡 かおる
新潮文庫
平成22年9月1日発行
各660円

筆者の玉岡かおるさんは、会社の社外広報誌のインタービュー記事で知りました。兵庫県三木市の出身で、神戸女学院を卒業。「お家さん」は、2012年に舞台化の予定。鈴木商店のトップ、鈴木よねを主人公に、伝説の女性とその周囲を描く感動大河小説。と紹介されていました。私が興味をひかれたのは、「鈴木商店」です。以前、城山三郎の「鼠―鈴木商店焼き討ち事件」というノンフィクションノベルを読んだことがあります。鈴木商店の大番頭金子直吉の名前は覚えていました。「お家さん」は、鈴木商店の栄枯盛衰を、女主人鈴木よねの視点から描いた小説です。小説ですから、鈴木商店の歴史的な流れは事実でしょうが、それ以外は、登場人物の一部も(おそらく)フィクションです。

『ある日、直吉がこう言った。
「今日よりは、こない呼ばしてもろうてよろしおますか?」
訊き返す間もなかった、彼はそのまま膝で三歩下がって、頭を下げた。
「おかみさん、ではのうて、“お家さん”と」
 それは古く、大阪商人の家に根づいた呼称であった。間口の小さなミセや新興の商売人など、小商いの女房ふぜいに用いることはできないが、土台も来歴も世間にそれと認められ、働く者たちのよりどころたる「家」を構えて、どこに逃げ隠れもできない商家の女主人にのみ許される呼び名である。』

鈴木よね。まさしく波乱万丈の一生です。あまりにスケールが大きすぎて、何を紹介すればいいのか、ちょっと、戸惑っています。あれこれ、ここで紹介するよりは、この小説を読んでいただくのが一番ですが、鈴木商店の成り立ちから、一時は、三井、三菱も凌ぐと言われたにもかかわらず、その名が、後世に残らなかった理由は何か?その辺りが、考えどころかもしれませんが、残念ながら、その辺りは、この小説には、あまり触れられていません。この小説は、経済小説歴史小説ではなく、女の立場から女の一生を描いたヒューマン小説だからです。

『そのお役目――関連会社約五十社、社員総勢約五千人の頂点に座し、栄光と挫折の航跡をともにみつめ、全責任を一身に受け止めた主人が、一人の女子やったいうんも、今考えてみればおもしろおますな。
 女に選挙権すらなかったあの時代に、ようまあ男はんらの上に立って、ようそれだけの商社を、睨みをきかせ統率しぬいたもんだす。
 そのお方の名前は鈴木よね。総帥としての覚悟のもとに、店の命運を見守り続けた鈴木商店の女主人でございます。』

鈴木商店といっても、何に?と言う方のために、簡単に、鈴木商店を紹介します。明治十年ごろ、鈴木岩治郎が、神戸栄町に砂糖の輸入卸業を営み始め、そこに、姫路から鈴木よねが嫁入。岩治郎の代に、それなりにお店は繁盛しますが、明治二十七年岩治郎(享年五十四歳)が急逝。よねは、四十七歳で未亡人となりますが、その時、店を仕舞わずに継続することを決断。その後、番頭の金子直吉、柳田富士松などの奮闘により、樟脳の取引などで財をなし、台湾進出を機に、急成長。大正七年米騒動の時に、本店が焼き討ちに遭いますが、総合商社として、スエズ運河を航行する船の半分は鈴木というほど隆盛を極めます。経営の近代化に失敗して、昭和恐慌などを乗り切れずに倒産しましたが、出資会社などは、神戸製鋼川崎重工日商岩井帝人など五十数社に及び、鈴木商店倒産後七十年を経ても、経済界に鈴木イズムは、脈々と生きていると言われています。
この小説の面白さの一つは、方言です。播磨弁でしょうか?神戸弁でしょうか?全編を通じて、ふんだんに使われており、現在の神戸の関西弁とは、随分、趣を異にしています。この言葉に、筆者のこだわりを感じますが、よくもここまで徹底されたものだと思います。長編小説ですが、お薦めの一冊(上下2冊)です。