「海賊と呼ばれた男」(上・下)

tetu-eng2013-05-26

「海賊と呼ばれた男」(上・下)
 百田尚樹
 講談社
 2012年11月21日第10刷発行
 (上・下共)1600円(税抜)

 石油の歴史は、わずか百年だったのです。それまでは、石炭がエネルギーの主役でした。その理由は、石炭は、掘り出して、そのまま利用できるからです。原油は、精製する必要があります。原油のままでは、不純物が多すぎて利用できないのです。ところが、熱効率は、格段に、石油の方が優れています。そのため、第一次世界大戦以降、エネルギー源は、石炭から石油へと、大きく転換していきます。

 その石油は、第二次世界大戦以前は、アメリカが、主たる産油国でした。中東が産油国となるのは、戦後です。そして、石油の利権は、アメリカ、イギリスに掌握されていました。日本が、不幸な戦争に突入を余儀なくされたのは、アメリカから石油の供給を断たれたからです。資源のない国にとっては、エネルギー問題は、国家の存亡にかかわることだったのです。そのことは、現代も変わりはありません。原子力は、再処理することにより、エネルギーの再活用が可能です。自然エネルギーは、日本も、保有しています。

 さて、2013年度の本屋大賞を受賞したこの小説は、エネルギー問題の大切なことを改めて考えさせられます。そして、このエネルギーのために、「命をかけた」といっても過言ではない男たちのドラマです。小説では、国岡商店、店主の国岡鐵三。出光商会(現在の出光興産)、創業者の出光佐三がモデル。現在、出光興産は、連結売上約4兆円の民族系の石油精製元売り会社の最大手です。民族系というのは、メジャー資本が入っていないということです。戦後は、日本の石油の精製元売りは、メジャー資本に席巻されて、民族系の大手は、出光興産だけだったのです。

 小説は、国岡商店の創業から、戦前、戦後の国岡鐵三、商店の店員の数々の男たちの苦難と激闘の歴史がテーマとなっています。国岡商店と国岡商店の店員の名前以外は、実名が使われているので、日本近代史を読むようなものです。特に、戦後直後の国岡商店は、海外資産をすべて失い、商品である石油は統制品となり、商売自体が成り立たない状況となっていた。このことは、国岡商店だけではなく、日本のすべての産業は、機能不全に陥っていた、そんな時代です。戦後生まれの私たちには、おそらく想像の及ばない状況だったのでしょう。

『国岡商店は明治四十四年(1911)の創業以来、ただの一度も馘首がない。
これは創業以来の絶対的な不文律だった。これまで幾度となく迎えた会社の危難のときにも、社員の首切りは一度たりともおこなわれたことがなかった。店主である鐵三の口癖は「店員は家族と同様である」というものだった。
 「たしかに国岡商店の事業はすべてなくなった。残っているのは謝金ばかりだ。しかしわが社には、何よりもすばらしい財産が残っている。一千名にものぼる店員たちだ。彼らこそ、国岡商店の最高の資材であり財産である。国岡商店の社是である「人間尊重」の精神が今こそ発揮されるときではないか」』

 この小説は、ドキュメント小説とも言えます。是非、若い人に読んでいただきたいと思いますが、おそらく、小説が故に、当然、作られた部分が多いいわけであり、ドキュメントといえども、脚色されていることも沢山あると思います。特に、民族主義が強調されていますが、戦後70年で、世界は大きく変わっているので、今、国岡鐵三の経営政策が通用するかどうかはクエッションですが、今、日本に必要なのは、国岡鐵三の心意気でしょうか?上下二巻の長編小説ですが、一気呵成に読了してしまいました。