「八月の六日間」

tetu-eng2017-09-24

「八月の六日間」
北村 薫
平成28年8月25日3刷発行
角川文庫

ハイキング程度の山の散策であれば経験はありますが、本格的な山登りは、まったく、経験がありません。自分の足で登ったという意味での山は、数えるほど。関東なら高尾山。関西なら六甲山。中国なら大山。四国なら石鎚山。九州なら九重山。まあ、いずれも、割と軽装で登れる山ですね。もちろん、本格的な登山用具なんて持ってもいません。

そうそう、ただ1回。丹沢山系の縦走を試みて遭難するかと思いました。山登りが趣味の友人に誘われて初心者コースという触れ込みだったので同行しました。友人は、上から下まで本格的な装備です。ぼくは、ジャージに運動靴。変な取り合わせですが、若いときには、気にもしませんでした。

「行こう!行こう!火の山へ!」なんて、わけのわからない歌を歌いながら、意気軒昂とはこのことです。今から40年前のお話です。電車とバスを乗り継いで、登山口まで到着したときは、天気良好。ハイキング日和と思っていました。威勢よく登り始めたのですが、途中から、普通のハイキングコースとは思えないほどの道になってきました。沢を渡ったり、岩をよじ登ったり、おまけに、雪が降り始めて、いつのまにかひざ下まで積もっています。

さすがに、友人も、こりゃやばいと思ったのか下山を始めました。ところが、そのときには、ぼくの膝は伸びきってしまい、びっこを引きながら、苦痛に顔を歪めながらの歩行となっていました。「八甲田山死の彷徨」を読んだばかりだったので、やれやれ、いよいよこれまでか?先立つ不幸をお許しください。なんて、気分になっていました。

なにせ、ジャージに運動靴です。一方、友人は、防水ばっちりの登山靴、ヤッケなんか着込んで防寒もばっちり。それでも、どこをどう歩いたか?ころげたか?兎に角、ぼくは必死でした。天は我を見捨てず!どうにか、バス道までたどり着き、一命をとり止めました。ちょっと、大げさだったかな。

てな・・ことで、「八月の六日間」は、登山小説です。北村薫さんの小説は初物ですね。ミステリ作家らしいので、北村さんの作品としては、亜流のものなのでしょう。薫さんといっても、女性ではありません。1949年のお生まれなので、ぼくよりは4っのお兄さんですね。

主人公は、雑誌の副編集長の「わたし」(女性)です。基本的に、お一人での山歩きを楽しむ山ガール。その山ガールが、槍ヶ岳などの登山にチャレンジ。下界での生活を逃れて、もくもくと山道を歩く。なにが面白いのか、理解はできませんが、「そこに山があるから登る」の名言どおりのお話です。

『八月に一泊で北アルプスの燕岳(つばくろだけ)に行った。その時に、見てしまったのだ。夏の空を背景にした・・・あれを。
無論、はるかにそびえ立つ、その頂は、知識として知っていた。いつかは・・・と思っていた。
だが、写真と実際とは、全く違っていた。くっきりと青黒くさえ見える三角。
・・・槍ヶ岳だ。
体が慄えた。
標高三千百八十メートル。天に向かって切り立つ岩の峰。山を知る前の自分なら、仮に同じところに立たされ、前を向かされても、連なる山嶺の中の、
・・・ちょっとした出っ張り。
としか思わなかっただろう。
それがなぜ、あれほど心を衝ったのか。自分でも、はっきりとは答えられない。』

あとがきを読んでビックリ。小説家とは、すごい生き物です。北村さん、山に登ったことがないそうです。それでも、克明、詳細、鮮明に山の風景、山の感覚を表現できる。創造力の豊かな生き物ですね。ただ、ぼくも、山のことを知らないので、この小説に書かれていることが、事実なのかどうかを検証する術はありませんが・・・・ね。